
2028年のNHK大河ドラマは、
山﨑賢人さん主演で「ジョン万」に決定しました!
主人公は、幕末に活躍したジョン万次郎(中浜万次郎)。
漁師の少年が漂流からアメリカへ渡り、
日本の開国と近代化に大きく貢献した波瀾万丈の人生を描くドラマです。
SNSでは
「山﨑賢人の大河主演、嬉しい!」
「ジョン万次郎の人生、ドラマ化待ってた!」
という声が多く見られます。
この記事では、ジョン万次郎が何をした人なのか、その生涯や経歴・功績、
そして演ずる山﨑賢人さんとの相性について詳しくまとめました。
歴史に興味がある方も、山﨑賢人さんのファンの方も、
ぜひ最後まで読んでみてくださいね!
ジョン万次郎って何した人?簡単に解説!

50歳代のジョン万次郎: Wikipediaより
ジョン万次郎(本名:万次郎・後に中濱姓を賜る)が何した人なのかと一言でいうのは難しいですが、
江戸時代末期から明治にかけて活躍した日本初の国際人です。
1827年、土佐国(現在の高知県土佐清水市)の貧しい漁師の家に生まれた万次郎は、
14歳の時に漁で仲間と共に乗る船で遭難。
無人島に漂着し、143日間の過酷な生活の末、
アメリカの捕鯨船に救助されました。
当時の日本は鎖国中で、
外国船に乗った者が帰国することは命がけ。
それでも万次郎は船長の養子となってアメリカ本土へ渡り、
日本人として初めてアメリカの学校で正式に教育を受けた人物となりました。
英語、数学、測量、航海術、造船技術などを学び、
首席で卒業するほどの優秀さだったそうです。
帰国後は、幕府の通訳や教育者として重用され活躍。
ペリー来航の際にはアメリカの情報を提供し、
日米修好通商条約の批准書交換のため咸臨丸に乗船して再びアメリカへ。
日米の架け橋として日本の開国と近代化を支えた立役者なんです。
ちなみに、万次郎は「ABCの歌」を日本に初めて紹介したり、
初めてネクタイを締めた日本人ともいわれています。
鉄道や蒸気船に初めて乗った日本人でもあり、
まさに時代の最先端を行く人物でした。
ジョン万次郎は、鎖国の壁を越えて異文化を学び、
その知識を日本に持ち帰った先駆者。
彼の勇気と行動力が、日本の未来を変えたんですね!
ジョン万次郎の波乱万丈な人生を時系列で

ジョン万次郎27歳の肖像とされる絵画:FASHION PRESSより
漁師少年が漂流からアメリカへ!
1827年1月1日、万次郎は土佐国中浜の貧しい漁師の次男として生まれました。
9歳の時に父親を亡くし、幼い頃から家計を支えるために働いていたそうです。
運命が大きく動いたのは、1841年(天保12年)、
万次郎が14歳の時でした。
仲間4人と共に漁に出た万次郎は、嵐に遭遇して遭難。
数日間の漂流の末、彼らは太平洋に浮かぶ無人島「鳥島」に漂着しました。
食料も水もない過酷な環境で、143日間もの間、
海鳥やアホウドリの卵、貝などを食べて生き延びたといいます。
その後、万次郎たちはアメリカの捕鯨船「ジョン・ハウランド号」に救助されました。
船長のウィリアム・ホイットフィールドは、聡明で好奇心旺盛な万次郎を気に入り、
アメリカへ連れて行くことを提案。
万次郎は勇気を出してアメリカ行きを決意します(他の仲間は途中のハワイで下船したそう)。
この時、船名にちなんで「ジョン・マン」という愛称をつけられました。
未知の世界に飛び込む決断って本当に勇気がいりますよね。
14歳の少年が異国の地へ行く決意をしたなんて、
その勇気には心から敬服します。

足摺岬と鳥島の位置関係:Google Mapsより

「鳥島」は直径約2.7kmの火山島:東京とりっぷより
それにしてもこんな小さな島(失礼!)で143日も生き延びるとは、
万次郎一向は逞しかったのですね!素晴らしい!
アメリカで受けた教育と経験
アメリカに渡った万次郎は、ホイットフィールド船長の養子となり、
マサチューセッツ州フェアヘーブンで共に暮らしました。
オックスフォード学校とバートレット・アカデミーで、
英語、数学、測量、航海術、造船技術などを学び、首席で卒業するほど熱心に勉学に励みました。
卒業後は再び捕鯨船に乗り、航海を続けます。
その後、日本への帰国を決意した万次郎は、
帰国資金を得るためにカリフォルニアのゴールドラッシュに参加。
わずか70日あまりで600ドル(現代での約200万円相当)を稼ぎ出し、
ハワイで待つ漂流仲間のもとへ向かいました。
この時期の万次郎は、日本人として初めて近代式捕鯨に携わり、
初めて鉄道や蒸気船に乗った人物でもあります。
異国の地で学び、働き、そして日本を思い続けた万次郎の姿には、
深い感動を覚えますね。
帰国後の活躍と開国への貢献
1851年(嘉永4年)、万次郎はついに日本への帰国を果たします。
ただし、鎖国中の日本に外国船で戻ることは危険極まりないこと。
万次郎は薩摩藩領の琉球(現在の沖縄県)に上陸し、番所での尋問を受けた後、
薩摩本土、長崎奉行所へと送られ、
約2年間にわたる厳しい取り調べを受けました。
1853年、ようやく故郷の土佐へ帰ることを許された万次郎。
土佐藩主・山内豊信(容堂)の命により、
絵師の河田小龍が万次郎から聞き取りを行い、
「漂巽紀略(ひょうそんきりゃく)」全4冊にまとめました。
この本は多くの大名や志士たちが写本によって目にし、
坂本龍馬も河田小龍を訪ねた際に万次郎の体験談を知ったといわれています。
その後、万次郎は幕府に招かれて江戸へ。
幕府直参(じきさん)となり、
故郷の地名から「中濱万次郎」という名字を授かりました。
この異例の出世の背景には、
ペリー来航によってアメリカの情報を必要としていた幕府の事情がありました。
万次郎は、翻訳や通訳、造船指揮、人材育成と精力的に働きました。
1860年(万延元年)には、日米修好通商条約の批准書交換のため、
咸臨丸の通訳・技術指導員として再びアメリカへ。
艦長の勝海舟や福沢諭吉らとともに航海しました。
その後も、捕鯨活動、小笠原開拓、
開成学校(現在の東京大学の前身)の英語教授などを歴任。
1870年(明治3年)には普仏戦争視察団としてヨーロッパへ派遣され、
ニューヨーク滞在時には約20年ぶりに恩人のホイットフィールド船長と再会を果たしました。
1898年(明治31年)、万次郎は71歳でその生涯を終えましたが、
彼の功績は日本の近代化の礎として今も語り継がれています。
ジョン万次郎はなぜ歴史的に重要なの?

捕鯨船「ジョン・ハウランド号」のホイットフィールド船長:Windy Chapelより
日本の開国と近代化への影響
ジョン万次郎が歴史的に重要な理由、
それは日本の開国と近代化を20年早めたとも言われるほどの影響力です。
当時の日本はご存知の通り、200年以上続いた鎖国政策により、
外国の情報がほとんど入ってこない状態でした。
そんな中、万次郎は実際にアメリカで生活し、
最先端の教育を受けた唯一の日本人だったのです。
帰国後、万次郎がもたらした情報は計り知れない価値がありました。
アメリカの民主主義、教育制度、技術力、そして人々の暮らし。
これらの生きた情報は、河田小龍がまとめた「漂巽紀略」を通じて、
多くの藩主や志士たちに伝えられました。
特に重要だったのは、ペリー来航(1853年)の際です。
幕府は万次郎を呼び寄せ、アメリカの国情や軍事力、
交渉術などについて詳しく聞き取りを行いました。
万次郎の情報がなければ、
幕府はアメリカとの交渉でもっと不利な立場に立たされていたかもしれません。
また、万次郎は通訳や教育者として、
後藤象二郎や岩崎弥太郎といった明治維新を支える人材を育てました。
彼の教えを受けた若者たちは、
のちに日本の近代化を推進する重要な役割を果たすことになります。
僕自身、IT業界で働いていて、
新しい技術や知識を現場に持ち込むことの難しさと大切さを痛感しています。
万次郎が異国の知識を持ち帰り、それを日本中に広めた功績は、
本当にすごいことだと思います。
坂本龍馬など幕末の志士たちとの関わり
ジョン万次郎と坂本龍馬、
この二人には直接の面識があったという確かな記録は残っていません。
しかし、万次郎の体験談が龍馬の思想と行動に大きな影響を与えたことは間違いないと言われています。
龍馬は1855年頃、河田小龍の塾「墨雲洞(ぼくうんどう)」を訪れ、
小龍から万次郎のアメリカ体験談を聞きました。
鎖国の中で外の世界を知らなかった龍馬にとって、
万次郎の話は衝撃的だったに違いありません。
万次郎が伝えた「アメリカでは身分に関係なく、努力次第で誰でも成功できる」という思想は、
龍馬の「人はみな平等である」という考え方の原点になったとも言われています。
また、龍馬が海援隊を結成し、海運業や貿易を重視した背景にも、
万次郎がもたらした海洋国家アメリカの情報が影響していると考えられます。
ほかにも、吉田松陰、勝海舟、福沢諭吉といった幕末の志士たちも、
万次郎から直接・間接的に影響を受けました。
万次郎は表舞台に立つことは少なかったものの、
陰から日本の未来を支えた縁の下の力持ちだったんですね。
もしジョン万次郎がいなかったら、帰国していなかったら、
日本の開国は何十年も遅れていたかも知れない、坂本龍馬も現れなかったかも知れない、
そう思うと、ジョン万次郎とは何をした人なのか?と考えた時、
その存在そのものがとてつもなく大きいものだったのだなと実感できますよね。
大河ドラマで山﨑賢人が演じる!どんな役?

イケメン山﨑賢人がジョン万次郎に!?:シネマトゥデイより
2026年4月9日、NHKは2028年の大河ドラマが
「ジョン万」に決定したと発表しました。
そして主演を務めるのが、山﨑賢人さんです!
山﨑さんにとっては大河ドラマ初出演にして初主演という大役。
発表会見では、
「ジョン万次郎さんのことを知れば知るほど魅力的な人で、
これからジョン万次郎さんの人生を1年かけてドラマを作っていけることが本当に幸せです」
と笑顔で語りました。
また、山﨑さんは「プレッシャーも怖さもあるけど、それよりもワクワクが勝る」とも語っており、
役への情熱と期待が伝わってきます。
オファーを受けたのは半年以上前だったそうで、
「びっくりしました」と驚きを隠せなかった様子も話していました。
脚本は、NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」や
「ちりとてちん」を手がけた藤本有紀さん。
人間の温かさや成長を丁寧に描く藤本さんの脚本と、
山﨑さんの演技力が合わさることで、
ジョン万次郎の波瀾万丈な人生がどう描かれるのか、今から楽しみですね!
山﨑賢人とジョン万次郎の相性は?

無精髭にボサボサの髪の山﨑賢人:MOVIE WALKER PRESSより
山﨑賢人のこれまでの演技力や役柄
山﨑賢人さんは、1994年9月7日生まれの31歳(2026年現在)。
東京都板橋区出身で、スターダストプロモーション所属の人気俳優です。
2010年にドラマ「熱海の捜査官」で俳優デビューし、
2011年には映画「管制塔」で初主演。
その後、
- 「orange-オレンジ-」(2015年)
- 「四月は君の嘘」(2016年)
- 「キングダム」(2019年)
- 「ゴールデンカムイ」シリーズ
などなど、数々の実写化作品で主演を務めてきました。
山﨑さんの演技力については、
「ビジュアルだけでなく感情表現が安定している」という評価が多く見られます。
特に、目の演技や、極限状態での緊張感の表現が高く評価されており、
「キングダム」では吉沢亮さんとの対照的な演技が話題になりました。
また、2015年のNHK連続テレビ小説「まれ」でヒロインの相手役を演じ、
第39回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。
漫画の実写化作品が多いことから、
「マンガから抜け出したような端正な顔立ち」とも言われています。
役柄の幅も広く、真面目な青年から熱血キャラクター、
コミカルな役まで、さまざまな役をこなしてきました。
特に、運動神経が良く、アクションシーンも自然にこなす姿は、
ファンからも高い評価を受けています。
ジョン万次郎役に必要な要素は?
ジョン万次郎という人物を演じるには、
いくつかの要素が必要です。
まず、好奇心旺盛で純粋な心。
14歳で異国の地へ飛び込む決断をした万次郎は、
新しい物事に対して常に輝くような驚きと喜びを見せる人物でした。
制作統括を務める家冨未央(いえとみ みお)さんも、山﨑さんについて
「一つ一つ目に見るもの、触れるものに対するリアクションや気づきが純粋で、
本当に輝くように驚いたり喜んだりする」と語っており、
この純粋な反応こそが万次郎役にぴったりだと評価しています。
まさに「ジョン万次郎って何をした人なんだろう?」という視聴者の好奇心を、
鷲掴みにしてくれそうな山崎賢人さんですよね。
次に、困難に立ち向かう強さと柔軟性。
無人島での143日間、異国での生活、帰国後の厳しい尋問、
そして幕府での通訳・教育活動。万次郎の人生は試練の連続でした。
それでも前を向き続けた彼の強さを表現するには、
俳優自身の内面の強さも必要です。
そして、誠実さと人への思いやり。
万次郎は、多くの人から愛された人物でした。
ホイットフィールド船長に気に入られ、アメリカで多くの友人を作り、帰国後は若者たちを育てました。
この温かい人柄を表現するには、
俳優自身の人間性が大きく影響します。
山﨑さんは、仕事に対する姿勢も高く評価されており、
「座長としてチームを引っ張る力がある」とスタッフからも信頼されています。
この真面目で誠実な姿勢は、万次郎の人柄とも重なりますね。
ファンや世間の期待の声
2028年大河ドラマ「ジョン万」の発表を受けて、
SNS上では多くの期待の声が上がっています。
- 「いつか大河主演ないかなーと思ってたから嬉しい!」
- 「山﨑賢人の演技力なら、ジョン万次郎の波瀾万丈な人生をしっかり表現してくれそう」
- 「ジョン万次郎がようやく大河に抜擢されたね!待ってた!」
といったコメントが多く見られます。
また、制作統括の家冨未央さんは山﨑さんを
「日本で最も冒険という言葉が似合う男」と評価しています。
- 「反応の鮮明さが魅力」
- 「完璧なキャスティング」
と太鼓判を押しています。
僕自身も、山﨑さんの真面目で誠実な姿勢と、
ジョン万次郎の人柄が重なる部分が多いと感じます。
2028年の放送まで約2年ありますが、
この”船”に乗って航海する山﨑さんの姿を、今から心待ちにしています!
ジョン万次郎の簡単プロフィール

高知県足摺岬に立つジョン万次郎の銅像:刀剣ワールドより
生年月日や出身地は?
ジョン万次郎の基本プロフィールをまとめます。
- 本名:中浜万次郎(なかはま まんじろう)
- 別名:ジョン万次郎、ジョン・マン(John Mung)
- 生年月日:1827年1月1日(文政10年)
- 出身地:土佐国中浜(現在の高知県土佐清水市中浜)
- 没年月日:1898年(明治31年)11月12日(71歳)
- 職業:元漁師、漂流民、通訳、教育者、幕臣
万次郎は、貧しい漁師の家に2男3女の次男として生まれました。
9歳の時に父親を亡くし、幼い頃から家計を支えるために働いていたそうです。
本名や別名について
万次郎は、アメリカの捕鯨船に救助された際に、
船名の「ジョン・ハウランド号」にちなんで「ジョン・マン(John Mung)」という愛称をつけられました。
この愛称は、アメリカでの生活や捕鯨船での航海中に広く親しまれ、
彼の代名詞となりました。
帰国後、幕府直参となった際に、
故郷の地名から「中濱万次郎」という名字を授かりました。
それまでは苗字を持たない一般の漁師だったため、
これは異例の出世を意味します。
「ジョン万次郎」という呼び方は、日本名とアメリカでの愛称を組み合わせたもので、
彼の国際的な活躍を象徴する名前として現在も広く使われています。
世間の反応やSNSの声

ジョン万次郎資料館:高知県土佐清水市観光協会公式サイトより
2028年大河ドラマ「ジョン万」の発表を受けて、
SNS上では多くの反応が寄せられています。
- 「山﨑賢人の大河主演、おめでとう!ずっと待ってた!」
- 「ジョン万次郎の人生、絶対面白いドラマになる!」
- 「藤本有紀さんの脚本だから期待大!」
といった期待の声が多く見られます。
また、
- 「ジョン万次郎って名前は聞いたことあるけど、何した人か詳しく知らなかった」
- 「ドラマで勉強できるの楽しみ!」
という声も。
歴史ファンからは、
- 「2年連続で幕末大河は60年ぶり。NHKの本気を感じる」
といったコメントもあります。
一方で、山﨑さんのファンからは
- 「賢人くんが大河主演なんて夢みたい!」
- 「1年間毎週見られるなんて幸せ!」
といった喜びの声が溢れています。
僕個人としても、ジョン万次郎という人物の魅力が
多くの人に伝わることを楽しみにしています。
彼の波瀾万丈な人生は、
現代を生きる僕たちにも多くの勇気と希望を与えてくれますよね。
まとめ|ジョン万次郎は何した人?日本の開国を支えた偉人!

やはりイケメン山﨑賢人:クランクインより
ジョン万次郎は何した人?について、
この記事で分かったことをまとめます。
- ジョン万次郎(中浜万次郎)は、1827年生まれの土佐国出身の漂流民
- 元漁師で、通訳・教育者
- 14歳で遭難し、アメリカの捕鯨船に救助されて渡米。日本人初のアメリカ正式留学生となった
- 帰国後は幕府直参として、ペリー来航時の通訳や咸臨丸での渡米など、日本の開国と近代化に大きく貢献
- 坂本龍馬をはじめとする幕末志士たちに、間接的に大きな影響を与えた
- 2028年NHK大河ドラマ「ジョン万」で山﨑賢人さんが主演。純粋な反応と演技力が万次郎役にぴったりと期待されている
ジョン万次郎の誠実で勇敢な生き方や、困難に立ち向かう姿勢、
そして何をした人なのか、が少しでも伝わっていれば嬉しいです。
2028年の大河ドラマでは、
山﨑賢人さんがどんな万次郎を見せてくれるのか、本当に楽しみですね!
万次郎が生きた時代は、
日本が大きく変わろうとしていた激動の時代でした。
その中で、彼は自分の信念を貫き、
日本の未来のために尽くしました。
僕たちも、日々の仕事や生活の中で、
万次郎のような勇気と誠実さを持ち続けたいものです。
ジョン万次郎の新しい情報や、大河ドラマの続報が入ったら、
また追記していきますね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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