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【訃報】杉田ダイスケWiki経歴と家族構成・警察官ボクサーを振り返る

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警察官とプロボクサーという二つの夢を
同時に追い続けた杉田ダイスケさん。

2026年5月30日、37歳という若さでこの世を去りました。

「ポリスボクサー」として知られ、
ファイトマネーを受け取らず、

誇りを持ってリングに立ち続けた彼の生き様は、
多くの人の心に刻まれています。

この記事では、
杉田ダイスケさんのボクシング人生や警察官としての日々、

三児の父としての想い、
そして井岡一翔さんとの絆について振り返ります。


杉田ダイスケさん急逝、37歳の若さで…警察官ボクサーとしての人生に幕

警察官ボクサー杉田ダイスケ:スポーツ報知

杉田ダイスケさんは、2026年5月30日朝、
勤務先の町田警察署管内の駐在所で倒れているのが発見され
、

病院に搬送されましたが、
その後死亡が確認されました。

37歳という若さでした。

警視庁巡査長として駐在所勤務をしながら、
プロボクサーとして日本スーパーバンタム級11位に
ランクされていた杉田さん。

最後まで二つの夢を追い続けた生き方そのものが、
彼らしさを物語っていますね。

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中学時代から始まったボクシング人生

駿台学園ボクシング部時代の杉田ダイスケ:杉田ダイスケ公式インスタグラムより

杉田ダイスケさんは、
東京都杉並区で生まれ育ち、

中学1年生から輪島功一スポーツジムで
ボクシングを始めました
。

伝説的なチャンピオンの名を冠したジムで
基礎を学んだ3年間は、

彼のボクシング人生の土台となりました。

駿台学園高校でインターハイベスト8

杉田ダイスケさんは高校はボクシングの名門・駿台学園へ進学。

2006年のインターハイでは準々決勝まで進出し、
ベスト8という成績を残しました。

準々決勝の相手は、
後に世界チャンピオンとなる小國以載選手。

惜しくも敗れましたが、
トップレベルの選手と戦った経験は、

その後の彼の成長につながったはずです。

東京農業大学で全日本大学王座優勝

名門・東京農業大学ボクシング部に
スカウトされ進学した杉田さん。

大学2年時にはバンタム級で
全日本大学王座決定戦に出場し、

国際大会入賞選手を相手にKO勝ち。

4年時には階級をライト級に上げ、
関東大学一部リーグで5戦全勝を記録し、

ライト級階級賞を受賞しました。

全日本大学王座決定戦では、
後にプロで日本2階級制覇チャンピオンとなる
坂晃典選手に勝利。

大学時代の輝かしい実績は、
杉田ダイスケさんの才能を証明するものでした。

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警察官としての道とボクシングの両立

警官との二刀流を続けた杉田ダイスケ:BUZFIXより

2011年警視庁入庁後もリングに立ち続けた理由

2011年、杉田さんは警視庁に入庁しました。

実は大学4年間、ずっと警視庁を目指して
勉強を続けていたそうです。

杉田ダイスケさんにとって警察官になることは、
ボクシングと同じくらい強く願っていた夢だったんですね。

入庁後も杉田さんはリングを離れませんでした。

2012年にカムバックし、全日本選手権に出場。
警視庁所属選手として、国体や全日本社会人選手権で活躍を続けました。

全日本社会人選手権で2階級制覇

2014年には警視庁第三機動隊所属として
全日本社会人選手権バンタム級で優勝。

2016年にはライト級でも優勝し、
2階級制覇を達成しました。

警察官としての激務をこなしながら、
これだけの実績を残すことは並大抵ではありません。

僕も会社員として働いているので分かりますが、
仕事と何かを両立するって本当に大変です。

杉田さんの努力と情熱には、心から敬意を感じます。

アマチュア通算110勝という圧倒的実績

2017年、アマチュア戦績通算110勝を達成した杉田さんは、
プロ転向を表明しました。

141戦110勝(47KO)31敗という輝かしい記録です。

「110番」にちなんだ110勝でプロ転向を決めたというエピソードが、
警察官ボクサーである杉田ダイスケさんらしいですよね。

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29歳でプロ転向、ファイトマネーなしでも戦い続けた信念

ジムに通う杉田ダイスケ:日刊スポーツより

2018年プロデビュー、デビュー戦は判定勝利

2018年1月、同門の元韓国スーパーフライ級王者・木村隼人選手を相手に
特別公開B級プロテストを受験し、見事合格。

同年4月12日、29歳でプロデビューを果たしました。

デビュー戦では、ジュン・ブラゾ選手(フィリピン)を相手に
6回3-0の判定勝ちを収めました。

母校・東京農業大学や前に勤務した機動隊、
当時勤務していた玉川署などから約100人の応援団が駆けつけ、

杉田さんは「周りに支えてもらい、感謝の気持ちでいっぱい」
と涙ぐんだそうです。

WBAアジア王者など複数タイトル獲得

プロ転向後、杉田さんは国内外で精力的に試合を重ねました。

2019年8月にはフィリピンで
WBAサウスアジアスーパーバンタム級王座を獲得し、

後にWBAアジアスーパーバンタム級王者に認定されました。
2019年11月には台湾で初防衛に成功。

2023年10月にはタイでABCOフェザー級シルバー王座を獲得するなど、
複数のタイトルを手にしました。

プロ通算成績は13戦8勝(4KO)5敗。

公務員のためファイトマネーは受け取れず

実は、杉田さんはファイトマネーを
一切受け取っていませんでした
。

国家公務員法と地方公務員法により、
公務員の副業が禁止されているためです。

お金のためではなく、
純粋にボクシングへの情熱と

警察官としての誇りを持って、
リングに立ち続けていたんですね。

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三児の父として、家族と共に歩んだ日々

三児の父でもある杉田ダイスケ:杉田ダイスケ公式インスタグラムより

子供たちのヒーローでありたいという想い

杉田さんは三児の父でもありました。
自身のSNSでは

「37歳、三児の父。子供たちに誇れる背中を見せられているかは分からないですが、
親父も本気でやってるという姿が少しでも伝わればと思いリングに上がります」

と語っていました。

「子供たちのヒーローになれるように現役続行」
という言葉からは、父親としての深い愛情が伝わってきます。

駐在所での職住一体の生活

町田警察署管内の駐在所に勤務していた杉田さん。

駐在所は職住一体の勤務形態で、
家族と共に暮らしながら地域の安全を守る仕事です。

警察官として、ボクサーとして、そして父親として、
すべてに全力で向き合っていた姿が目に浮かびます。

奥さんとは結婚12年・共に歩んだ日々

奥さんとは杉田ダイスケさんがまだアマチュア時代に知り合い、
4年の交際期間を経て入籍しました。

杉田さんは奥さんにカッコいいところを見せたくて、
ボクシングの鍛錬を続け、格上の相手にも挑戦し、

連戦連勝してリーグ戦で全勝することができたそうです。
素敵な奥さんが居てこそ、オトコは頑張れるんですよね。

2026年の2月に結婚12周年を迎えていた杉田ダイスケさんと奥さん。
こんな若くしての急逝が悔やまれます…

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井岡一翔さんとは東農大の同期、ボクシング界との深い絆

杉田ダイスケと東京農大ボクシング部で同期だった井岡一翔:Leminoニュースより

世界4階級制覇王者の井岡一翔さんと杉田さんは、
東京農業大学ボクシング部の同期でした。

井岡さんは2年で中退しプロに転向しましたが、
同じ時期に同じジムで汗を流した仲間です。

杉田さんは井岡さんの試合をSNSで応援するなど、
深い絆で結ばれていました。

同期の存在は、杉田さんにとって
大きな励みだったに違いありません。

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杉田ダイスケさんの簡単プロフィール

杉田ダイスケ:BOXING MOBILEより

  • 杉田ダイスケ(すぎた だいすけ)
  • 生年月日:1988年10月22日
  • 出身地:東京都杉並区
  • 身長:168-169cm
  • 階級:スーパーバンタム級
  • スタイル:オーソドックス(右ボクサーファイター)
  • 所属:ワタナベボクシングジム
  • 職業:警視庁巡査長
  • 学歴:駿台学園高校、東京農業大学卒業
  • アマチュア戦績:141戦110勝(47KO)31敗
  • プロ戦績:13戦8勝(4KO)5敗
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世間の反応やSNSの追悼の声

WBA ASIA / WBA ASIA SOUTH / WBC ASIA SILVER の3冠を保持する杉田ダイスケ:杉田ダイスケ公式Xより

杉田さんの訃報に接し、
ボクシング関係者やファンからは追悼の声が相次ぎました。

  • 「警察官とボクサーを両立する姿に勇気をもらっていた」
  • 「子供たちのために頑張る父親の姿が素晴らしかった」
  • 「残されたご家族、子供たちが心配です」

といった声がSNSに溢れました。

多くの人が彼の生き方に感銘を受け、
心から悼んでいます。

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まとめ|杉田ダイスケさんの生き様は多くの人の心に残り続ける

結婚10周年で写真館で撮影・ROCKY風に仕上がった記念写真:杉田ダイスケ公式インスタグラムより

杉田ダイスケさんについて、
この記事で振り返ったことをまとめます。

  • 中学1年から輪島功一ジムでボクシングを開始
  • 駿台学園高校でインターハイベスト8、東京農業大学で全日本大学王座優勝
  • 2011年警視庁入庁後もリングに立ち続け、全日本社会人選手権で2階級制覇
  • アマチュア通算110勝を達成し、29歳でプロ転向
  • 公務員のためファイトマネーは受け取らず、純粋な情熱でボクシングを続けた
  • WBAアジア王者など複数タイトルを獲得
  • アマチュア時代に知り合った奥さんに良いところを見せたくて、鍛錬を続けた
  • 三児の父として、子供たちのヒーローでありたいと願い続けた
  • 世界王者・井岡一翔さんとは東京農業大学の同期
  • 2026年5月30日、37歳で急逝

警察官とプロボクサー、
二つの夢を諦めずに追い続けた杉田ダイスケさん。

ファイトマネーなしでリングに立ち、
子供たちに誇れる背中を見せようとした姿勢は、
多くの人に勇気と感動を与えました。

僕も会社員として働きながら、
自分の好きなことを続けることの難しさを日々感じています。

だからこそ、杉田さんの生き方には深く心を動かされます。

努力と誠実さ、そして家族への愛情。彼が体現した価値観は、
これからもずっと語り継がれていくはずです。

杉田ダイスケさんのご冥福を、心よりお祈りいたします。

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