
わたなべまさこさんは、日本の少女漫画界を代表するレジェンド漫画家として長年活躍されてきた方です。
『ガラスの城』『聖ロザリンド』などの名作を生み出し、多くの読者に愛されてきました。2026年10月3日、97歳でその生涯を閉じられました。
この記事では、わたなべまさこさんのプロフィールや経歴、夫である陶芸家・渡辺六郎さんのこと、息子さんの情報などを詳しくまとめました。
少女漫画界の草分け的存在として、どんな人生を歩んでこられたのか、振り返っていきます。
わたなべまさこさん死去…97歳で永眠されました

若き日のわたなべまさこ:京都精華大学 国際漫画研究センターより
わたなべまさこさんは、2026年10月3日午前0時38分に永眠されました。97歳でした。
公式Xでは「わたなべまさこ先生 逝去のお知らせ」として、「まんがとともに97年の生涯を駆け抜け、最期は穏やかにまるで眠るように旅立っていかれました」と報告されています。
生前、先生の作品を愛し、温かいご声援をお寄せくださった皆様へ、心より御礼申し上げますとのメッセージも添えられていました。
90代でも現役で漫画を描き続けていたわたなべまさこさん。その情熱と創作意欲には、本当に頭が下がります。僕も長年同じ会社で働いてきましたが、何かを継続するって簡単じゃないんですよね。
97年もの間、漫画と共に生きてこられた姿勢に、深い敬意を感じます。
漫画家・わたなべまさこのWikiプロフィール

87歳の時のわたなべまさこ:zakIIより
生年月日や年齢は?
わたなべまさこさんは、1929年(昭和4年)5月16日生まれです。亡くなられた時点で97歳でした。
昭和初期生まれということで、戦前・戦後の激動の時代を生き抜いてこられた世代ですね。その時代背景が、作品にも深みを与えていたのかもしれません。
出身地や本名について
出身地は東京府(現在の東京都)です。本名は渡邊雅子(わたなべ まさこ)、旧姓は片山でした。
東京生まれの東京育ちで、都会の空気を吸いながら創作活動を続けてこられたんですね。
学歴と漫画家になったきっかけ

わたなべまさこ:JIJI.comより
上野学園短期大学中退後の道のり
わたなべまさこさんは、1947年に上野学園短期大学を中退しています。
当時、女性が大学に進学すること自体が珍しい時代でしたが、中退という選択をされた背景には何があったのでしょうか。詳細は明らかではありませんが、その後の人生で漫画という表現手段に出会うことになります。
結婚後に手塚治虫作品に触れてデビュー
わたなべまさこさんが漫画家を志したきっかけは、結婚後に手塚治虫さんの作品に刺激を受けたことだったそうです。
結婚して落ち着いた生活の中で、手塚作品に触れて「自分も描きたい」と思ったというエピソードは、なんだか素敵ですよね。
僕も仕事で新しい技術に触れた時、「これをやってみたい!」とワクワクした経験があるので、その気持ちが少し分かる気がします。
こうして、挿絵画家として活動した後、1952年に『小公子』で漫画家デビューを果たしました。
デビューから現在までの経歴を時系列で

「ガラスの城」の双子の姉妹イサドラとマリサ:わたなべまさこ公式Xより
1952年『小公子』でデビュー
1952年(昭和27年)、わたなべまさこさんはフランシス・ホジソン・バーネット原作の『小公子』を執筆し、漫画家としての第一歩を踏み出しました。
同じ年に若木書房より単行本『すあまちゃん』『涙の賛美歌』を発表し、少女漫画家としての地位を確立していきます。
貸本漫画から少女雑誌へ
デビュー当初は貸本漫画(かしほんまんが)の世界で活躍していたわたなべまさこさんですが、1957年からは『少女ブック』などの雑誌で作品を発表するようになったんですね。
貸本漫画とは、戦後間もない昭和50〜60年代、古本・古雑誌などを貸していた貸本屋(かしほんや)が、徐々に漫画を主体に貸本をするようになって、漫画の単行本を主に貸していたそうです。
当時は漫画の単行本は書店では流通していなくて、主にこの貸本屋を主戦場にしていたようです。
わたなべまさこさんは、そんな貸本漫画の世界から雑誌連載へ。活躍の場を広げながら、着実にキャリアを積み上げていったんですね。
1971年『ガラスの城』で小学館漫画賞受賞
1970年から1971年にかけて『週刊マーガレット』で連載された『ガラスの城』で、第16回小学館漫画賞を受賞しました。
この作品はわたなべまさこさんの代表作の1つとして、今でも多くのファンに愛されています。双子の姉妹の運命を描いた物語は、当時の少女たちの心をつかんだことでしょう。
その他の代表作には『聖ロザリンド』『金瓶梅』などがあり、幅広いテーマで作品を生み出してきました。
僕には3つ下の妹がいるのですが、小学生時代、学校の図書館から古くなった「ガラスの城」の単行本を借りてきて読んでいましたね。
結構重い話の長編だったと思うのですが、本人的には面白かったようで、夢中で読了していたのを思い出します。
90代でも現役!創造学園大学教授も務めた
驚くべきことに、わたなべまさこさんは90代でも現役で漫画を描き続けていたそうです。その創作意欲と体力には、本当に感嘆するばかりですね。
また、2013年に閉校した創造学園大学の創造芸術学部教授も務めており、後進の育成にも力を注いでいました。自分の技術を次の世代に伝えるという姿勢、素晴らしいと思います。
さらに、2002年には第31回日本漫画家協会賞(文部科学大臣賞)を受賞するなど、その功績は高く評価されています。
わたなべまさこの夫は陶芸家・渡辺六郎!どんな人だった?
東京藝大卒の陶芸家として活躍
わたなべまさこさんの夫は、陶芸家の渡辺六郎(わたなべ ろくろう)さんです。
渡辺六郎さんは1923年、大阪市北浜生まれ。1949年に東京美術学校(現・東京藝術大学)工芸科漆工部を卒業し、その後東京都の公立学校で教職に就きながら、1960年から陶芸制作を本格的に始めました。
芸大卒の陶芸家という経歴、すごいですよね。わたなべまさこさんが漫画家、夫の六郎さんが陶芸家という、芸術家夫婦だったんですね。お互いの創作活動を理解し合える関係だったのでしょう。
2012年に先立たれていた
渡辺六郎さんは、2012年8月に永眠されています。わたなべまさこさんより14年ほど早く旅立たれたことになります。
長年連れ添ったパートナーを失う悲しみは計り知れませんが、わたなべまさこさんはその後も漫画を描き続けました。創作活動が、心の支えになっていたのかもしれませんね。
【わたなべまさこ先生 逝去のお知らせ】
まさこ先生は10月3日の0時38分に永眠いたしました。
まんがとともに97年の生涯を駆け抜け
最期は穏やかにまるで眠るように旅立っていかれました。
生前、先生の作品を愛し、温かいご声援をお寄せくださった皆様に、心より御礼申し上げます。以前に先生から預かっていたメッセージです。
よろしければご一読ください。[まさこ先生からのメッセージ]
皆様へ
私からこんなふうにお伝えするのも不思議な感じですが、
今まで私に関わってくださった多くの方々、
応援してくださったファンの皆様、
お仕事でお付き合いのあった方、
身の回りのお世話をしてくださった方、
イリーゼの優しいスタッフたち、
看護師のFさんSさん、
弟妹はじめ家族のみんな、
本当にありがとうございました。
私のまわりにはいっぱい愛があったこと、とても感謝しています。
『まんがと生きて』あっという間の人生でしたが、
私の胸には幾つもの思い出が宝物のように輝いて光を放っています。
ひと足お先に失礼しますが、
向こうにはたくさんの大事な方々が待っており、
主人とも久しぶりに会えると思っています。
以前訪れたパリの写真はずっと私のデスクにおいてあったものです。
寂しい時は、私はパリにいるとでも思ってくださいね。またねー。わたなべまさこ
[運営スタッフより]
本アカウントでは、今後も先生が遺された貴重な原画や未公開作品などをご紹介し、
その素晴らしい作品世界を皆様にお届けしてまいります。
これからも、わたなべまさこ先生の作品を末永く愛していただけましたら幸いです。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
— [公式]わたなべまさこ (@masako_wtnb) October 12, 2026
わたなべまさこに息子はいる?現在は?
調べた範囲では、息子さんがいるという情報は確認できましたが、具体的な名前や現在の活動については公表されていないようです。
わたなべまさこさんの作品には『息子たち』『息子の恋人』など、息子をテーマにした作品もあることから、ご自身の子育て経験も作品に反映されていたのかもしれません。
プライベートな情報はあまり表に出ていませんが、家族を大切にしながら創作活動を続けてこられたのでしょう。
わたなべまさこの代表作や主な功績を振り返る

可愛いけどちょっと怖い「聖ロザリンド」:Amazon.co.jpより
『ガラスの城』『聖ロザリンド』など
わたなべまさこさんの代表作といえば、やはり『ガラスの城』でしょう。双子の姉妹の運命を描いた作品で、小学館漫画賞を受賞しています。
また、『聖ロザリンド』『金瓶梅』なども代表作として知られており、幅広いジャンルで作品を生み出してきました。
少女漫画界の草分け的存在として
わたなべまさこさんは、日本の少女漫画草創期から活躍してきたパイオニアです。1950年代から70年以上にわたって創作活動を続け、多くの作品を世に送り出してきました。
その功績は、小学館漫画賞、日本漫画家協会賞(文部科学大臣賞)など、数々の賞によって評価されています。僕も長年同じ分野で働いてきましたが、一つのことを70年以上続けるというのは、並大抵のことではありません。本当に尊敬します。
世間の反応やSNSの声

わたなべまさこ:ナタリーより
わたなべまさこさんの訃報を受けて、SNS上では多くの追悼の声が寄せられています。
- 「わたなべまさこ先生の作品に夢中になった少女時代を思い出します」
- 「少女漫画界の大御所がまた一人…寂しいです」
- 「97歳まで現役だったこと、本当にすごい」
といった声が見られました。
また、漫画家仲間からも
- 「レジェンドがまた一人旅立たれた」
- 「わたなべまさこ先生の作品に影響を受けた漫画家は多いはず」
といったコメントがありました。
長年にわたって多くの読者に愛され、後進にも影響を与えてきたわたなべまさこさん。その存在の大きさを改めて感じますね。
まとめ:わたなべまさこ先生 97年の人生お疲れ様でした
わたなべまさこさんについて、この記事で分かったことをまとめます。
- 1929年5月16日、東京府生まれの漫画家
- 1952年『小公子』でデビュー、少女漫画草創期から活躍
- 代表作は『ガラスの城』『聖ロザリンド』『金瓶梅』など
- 第16回小学館漫画賞、第31回日本漫画家協会賞を受賞
- 夫は陶芸家の渡辺六郎さん(2012年8月永眠)
- 息子さんがいる(詳細は非公表)
- 創造学園大学教授も務め、後進の育成にも尽力
- 90代でも現役で創作活動を続けた
- 2026年10月3日午前0時38分、97歳で永眠
わたなべまさこさんの70年以上にわたる創作活動と、その情熱が、少しでも伝わっていれば嬉しいです。結婚後に漫画家を志し、90代まで現役を貫いたその姿勢は、まさに「継続は力なり」という言葉を体現していますよね。
少女漫画界の草分けとして、数々の名作を生み出してきたわたなべまさこさん。その作品は、これからも多くの読者の心に残り続けることでしょう。
わたなべまさこ先生、97年の人生、本当にお疲れ様でした。心よりご冥福をお祈りいたします。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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