
【追記】なんと今しがたこの(下の)記事を上げたばかりなのですが、その後つい先ほど、山田五郎さんがご逝去されたとの報に接しました。
体調が思わしく無いことは存じていましたが、つい先日もお姿をメディアで拝見したばかりでしたので、まだまだお元気なのかなと思っておりました。残念です。14日にお亡くなりになっていたということですので、拝見したのは録画の山田さんだったのですね。
謹んで、山田五郎さんのご冥福をお祈り申し上げます。
追記は以上です。
テレビでお馴染みの評論家・山田五郎さん。その博識ぶりと軽妙なトークで、『出没!アド街ック天国』や『ぶらぶら美術博物館』などで活躍されていますよね。
実は「山田五郎」という名前、本名じゃなかったんです!本名は武田正彦さん。しかも、ペンネームの由来がユニークで驚きました。また、上智大学でドイツ文学を…いや西洋美術史を専攻されていたり、講談社で編集者として活躍されていたりと、その経歴も改めて調べてみると興味深いんです。
この記事では、山田五郎さんの本名やペンネームの由来、学歴・経歴について詳しくまとめました。気になる方は、ぜひ最後まで読んでみてくださいね!
山田五郎って本名じゃなかった!? 本名は武田正彦

山田五郎:Zak IIより
山田五郎さんの本名は「武田正彦(たけだ・まさひこ)」です。1958年12月5日、東京都渋谷区生まれ。父親は旭化成株式会社に勤務するサラリーマンで、妹と弟がいる三人兄妹の長男として育ちました。
僕も会社員なので、サラリーマン家庭の長男というのは何だか共感できますね。ごく普通の家庭で育ちながら、後に評論家として大活躍されるとは、努力の積み重ねがあったんだと思います。
本名の「武田正彦」さんが「山田五郎」として世に出るようになったのは、講談社時代のこと。実はこの芸名、かなりユニークな由来があるんです!
「山田五郎」というペンネームの由来は?

モンブランのシャープペン(メカニカルペンシル)参考:ペンハウスより
なぜこの名前を選んだのか本人の発言
山田五郎さんのペンネームの由来は、講談社の編集部で拾ったシャープペンシルがきっかけでした。それも、万年筆で有名なモンブラン社の高級シャープペンシル(メカニカルペンシル)「PIX」(当時20万円程で販売されていた代物)だったそうです。
編集部の落とし物置き場にあったこのペンシルを、持ち主が現れないまま大掃除で処分されそうになったため、引き取ることにした山田さん、もとい当時武田さん。ところが、そのペンシルには「Yamada」という名前が刻まれていたんです!
「どうしよう…」と悩んだ末、武田さんは「自分が山田になればいい!」と逆転の発想をしたそうです。確かに、誰かの落とし物を使うのは気が引けますが、自分がその名前になってしまえば解決ですよね(笑)この発想力、すごいです!
そして「五郎」の部分は、急きょ連載の執筆を担当することになった際、「バイク屋の五郎さん」という漫画に出てくる名前を適当に引用して、「山田五郎」が誕生したんだそうです。
この「バイク屋の五郎さん」って『万歳ハイウェイ』の五郎さんですかね?今調べていて山田五郎さんと「五郎さん」の繋がりは初めて知ったのですが、当時モーニングで連載していて毎週読んでしたのでとっても懐かしいです!
山田五郎さんと「五郎さん」、見た目もタイプも全然違いますが、好きなことには無条件で一生懸命、とことこん突き詰めるところが何となく似ているのかも知れませんね(笑)

『万歳ハイウェイ』の五郎さん:講談社FaceBookより
顔の雰囲気にぴったりな理由
「山田五郎」という名前、お顔の雰囲気にぴったりですよね。親しみやすくて、どこか昭和レトロな響きがあって、でも知的な印象も受けます。
本名の「武田正彦」も立派な名前ですが、評論家・タレントとして活動するには「山田五郎」の方が覚えやすく、親しみやすい。偶然の出会いから生まれた名前が、これほど本人にマッチしているのは不思議ですね。
いつ頃から使い始めた?
山田五郎さんがこの名前を使い始めたのは、講談社『Hot-Dog PRESS』(ホットドッグ・プレス)の編集者時代です。1980年代前半、連載執筆を担当する際にペンネームが必要になり、「山田五郎」として世に出ることになりました。
その後、『タモリ倶楽部』に出演した際も「美術評論家・山田五郎教授」という架空の肩書で出演し、この名前が広く知られるようになったんですね。
山田五郎の学歴がすごい!どこの大学?

山田五郎:NHKアーカイブスより
出身高校はどこ?
山田五郎さんの出身高校は、大阪府立北野高等学校(第89期生、1977年3月卒業)です。北野高校といえば、大阪府内トップクラスの進学校として知られていますよね。
実は山田さん、小学5年生のときに東京から兵庫県西宮市に引っ越し、その後大阪府豊中市で中学・高校時代を過ごしました。中学は豊中市立第一中学校に進学し、高校受験で北野高校に合格されたんです。
上智大学でドイツ文学を専攻
高校卒業後、山田さんは上智大学文学部新聞学科に進学しました。実は「ドイツ文学専攻」ではなく、新聞学科に在籍しながら、オーストリア・ザルツブルク大学に1年間留学して西洋美術史を学んだんです。
上智大学には美術史専門の学科がなかったため、西洋美術史を学ぶためにザルツブルク大学への留学を勧められたそうです。この留学経験が、後の美術評論家としての活動の原点になっているんですね。
僕も学生時代、もっと専門的なことを学びたいと思ったことがありますが、実際に海外留学までするのは相当な行動力です。この経験が、山田さんの博識の基盤になっているんだと思います。
学生時代のエピソード
山田さんは学生時代から「朝起きられない」という悩みを抱えていたそうです。そのため、勤務時間が決まっているアルバイトには馴染めず、自宅でできる通信教育の添削や翻訳の下訳など、自分で時間をコントロールできるタイプのアルバイトしか続けられなかったんだとか。
また、高校時代には大阪・中之島図書館に通い、文学の天才少年と呼ばれた友人・下浦君と一緒に調べ物をしていたそうです。下浦さんは後に江戸時代の数学・和算の研究者として有名になり、彼の収集した資料は現在、東京理科大学に「下浦文庫」として保管されているそうです。
こうした地道な学びの積み重ねが、今の山田五郎さんの知識の深さにつながっているんですね。
編集者から評論家へ!経歴を時系列で

山田五郎が編集していたであろう頃(1985年)のHot-Dog PRESS:日本の古本屋より
講談社「ホットドッグ・プレス」編集者時代
1981年、上智大学卒業後、山田さんは講談社に入社しました。ところが、入社当初は「朝起きられない」という理由で遅刻続き。人事課長に「もう来なくていい」「配属できる部署がない」と叱られるほどのダメ社員だったそうです。
なんとか配属されたのが、若者情報誌『Hot-Dog PRESS』(ホットドッグ・プレス)のファッション担当。当時、創刊3年目でまだ軌道に乗っていなかった雑誌で、しかも本社から離れたプレハブ造りの別館。まさに「島流し」のような状態だったと本人は語っています。
しかし、ここで山田さんの才能が開花します。激務のため「家に帰れない」環境では、「朝起きられない」という欠点が全く問題にならない…というかむしろプラス(笑)
また、ファッションには興味がなかったものの、「好きになれないはずがない」と信じて前向きに取り組んだ結果、1980年代のDCブーム(デザイナーズ&キャラクターブランドの大流行)に乗り、『Hot-Dog PRESS』は一気に60〜70万部も売り上げる人気雑誌へと成長しました。
僕も若手の頃、会社で新しいプロジェクトに配属されたては最初はよく戸惑ったものです。でも、真面目に取り組むうちに面白さが見えてくることってやっぱりありますよね。
山田さんの「目の前の仕事と本気で向き合う」姿勢には、本当に共感します。
とはいえ、僕の高校〜大学時代に大流行していた『Hot-Dog PRESS』とDCブランドは、なんと山田さんが作り上げていたものだったんですね。今調べていて初めて知りました(笑)いや懐かしい。当時はお世話になりました!
初めて知った懐かし案件が2つも(1つ目は上述のバイク屋五郎さん)山田五郎さんに絡めてあったなんて、ちょっとびっくりです。こういう思いがけない出会いって、楽しいですよね(笑)山田五郎さんがますます身近に感じられます!
美術評論家・タレントとしてのデビュー
山田さんがメディアに出るきっかけとなったのは、1990年代の『タモリ倶楽部』でした。当時、『Hot-Dog PRESS』のライターが『タモリ倶楽部』の構成作家をしていたこともあり、急きょ代役として出演。「美術評論家・山田五郎教授」という架空の肩書で登場し、これが大きな注目を集めました。
その後、『タモリのボキャブラ天国』にも出演し、番組外でも「美術評論家」などの肩書で記事になることが増えていきました。
2004年に講談社を退社してフリーランスとなり、評論家・タレントとして本格的に活動を開始。西洋美術、時計、ファッション、街づくりなど幅広い分野で講演・執筆活動を続けています。
現在の活動(テレビ・ラジオ・執筆)
現在、山田五郎さんは『出没!アド街ック天国』(テレビ東京)、『ぶらぶら美術博物館』(BS日テレ)などにレギュラー出演中。ラジオでは『デイ・キャッチ』(TBSラジオ)にも出演されています。
また、2021年1月にはYouTubeチャンネル「山田五郎 オトナの教養講座」を開設。美術、ファッション、時計、街、グルメなどについて、大人の生活がちょっと潤う教養を届けるチャンネルとして、2023年10月時点で登録者数約52.7万人を突破しています。
さらに、2020年には初の小説『真夜中のカーボーイ』を執筆。和歌山県白浜を舞台にしたドライブ小説で、関西の魅力を「よそ者」の視点から描いた作品として注目されました。
博識の秘密は?専門分野や得意ジャンル

「真夜中のカーボーイ」を手にする山田五郎:GOETHEより
美術・西洋絵画の知識
山田五郎さんの専門分野といえば、やはり西洋美術史です。上智大学在学中にオーストリア・ザルツブルク大学で学んだ知識が基盤となっており、『知識ゼロからの西洋絵画入門』『知識ゼロからの西洋絵画史入門』などの著書も出版されています。
また、東京国立博物館評議員、イギリス古時計協会アカデミー会員、ジュネーブ時計グランプリ財団元アカデミー会員など、公的な肩書も多数お持ちです。
サブカルチャーやファッション
西洋美術だけでなく、ファッション、時計、街づくり、グルメなど幅広い分野に精通している山田さん。特に1980年代のファッションシーンを編集者として最前線で見てきた経験は、他の評論家にはない強みですよね。
僕もITエンジニアとして現場で働いてきた経験があるので、実際に現場にいた人の言葉には説得力があると感じます。山田さんの話が面白いのは、知識だけでなく「体験」が伴っているからなんでしょうね。
山田五郎の簡単プロフィール

「タモリ倶楽部」に出演した山田五郎:テレビ朝日公式サイトより
生年月日や年齢は?
- 生年月日:1958年12月5日
- 年齢:67歳(2026年7月時点)
- 星座:射手座
- 血液型:B型
出身地や家族構成
- 出身地:東京都渋谷区(両親は静岡市出身)
- 家族構成:三人兄妹の長男(妹と弟がいる)
- 父親:旭化成株式会社勤務のサラリーマン
- 学歴:大阪府立北野高等学校→上智大学文学部新聞学科卒業
- 経歴:講談社(1981年〜2004年)→フリーランス(2004年〜現在)
世間の反応やSNSの声

「科学特捜隊」に扮する山田五郎と「ウルトラ警備隊」に扮するみうらじゅん
山田五郎さんに対する世間の反応は、とても好意的です。SNSでは以下のような声が見られます。
- 「山田五郎さんの話、いつも面白い!」
- 「博識なのに偉ぶらないところが好き」
- 「ペンネームの由来が面白すぎる。拾ったペンの名前って(笑)」
- 「『タモリ倶楽部』の構成作家かぁ…シュールさがぴったり」
- 「YouTubeの美術解説、めちゃくちゃ分かりやすい。大人の教養って感じ」
- 「本名が武田正彦さんだったとは!でも山田五郎の方がしっくりくる」
多くの人が、山田さんの知識の深さと親しみやすいキャラクターに魅力を感じているようですね。
まとめ:山田五郎(武田正彦)の名前と経歴の魅力!

「好きになれないはずがない」が信条の山田五郎:知るぽるとより
山田五郎さんについて、この記事で分かったことをまとめます。
- 本名は武田正彦(たけだ・まさひこ)
- ペンネーム「山田五郎」は、拾ったシャープペンシルに刻まれた名前+漫画の「五郎さん」が由来
- 出身高校は大阪府立北野高等学校、大学は上智大学文学部新聞学科
- オーストリア・ザルツブルク大学に留学し西洋美術史を学ぶ
- 講談社『Hot-Dog PRESS』編集長を経てフリーに
- 現在はテレビ・ラジオ・YouTube・執筆など幅広く活躍中
山田五郎さんの「目の前のことを好きになる努力」や「地道な学びの積み重ね」という姿勢が、今の博識と魅力につながっているんだと感じました。僕も日々の仕事で、コツコツ積み重ねることの大切さを改めて実感しますね。
山田五郎さん、最近はがんで闘病中であることも公表されています。お仕事や発信もセーブしつつな状況だそうですが、ぜひ無理なくお大事にして頂いて、また元気なお姿を見せてもらいたいと思います!
山田五郎さんの新しい情報が入ったら、また追記していきますね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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