
たけし軍団のグレート義太夫さんが2026年9月7日、67歳で逝去されました。
「風雲!たけし城」をはじめ、数々のバラエティ番組で愛されキャラとして活躍された義太夫さん。この記事では、その経歴や学歴、そして「グレート義太夫」という印象的な芸名の由来について詳しくまとめました。
義太夫さんのこれまでの足跡を振り返りながら、その人柄や功績を偲びたいと思います。
【訃報】グレート義太夫さんが逝去…たけし軍団の愛されキャラ

グレート義太夫:47NEWSより
2026年9月7日、たけし軍団のメンバーでお笑い芸人のグレート義太夫さんが、東京都内の自宅マンションで亡くなっているのが発見されました。67歳でした。
所属事務所TAPの公式サイトでは「弊社所属タレント グレート義太夫は、2026年9月7日、満67歳をもって永眠いたしましたことを、ここに謹んでご報告申し上げます」と発表されました。
義太夫さんは長年糖尿病を患っており、2007年からは人工透析治療を続けながら芸能活動を行っていました。
「風雲!たけし城」や「オレたちひょうきん族」など、昭和から平成にかけてのバラエティ黄金期を支えた義太夫さん。その愛されキャラと独特の存在感は、多くの視聴者の記憶に残っています。
グレート義太夫のWikiプロフィール

グレート義太夫:糖尿病サイトより
本名や年齢・生年月日は?
グレート義太夫さんの本名は鈴木正之(すずき まさゆき)さんといいます。1958年12月26日生まれで、亡くなったときは67歳でした。血液型はB型です。
ちなみに、義太夫さんには夏目漱石をもじった、「夏目亭透析」という別名義もありました。これは透析治療を受けるようになってから、その経験を落語や講演活動で語る際に使っていた名前だそうです。
病気と向き合いながらも、ユーモアを忘れない姿勢が表れていますね。
出身地や身長などの基本情報
義太夫さんは東京都板橋区出身です。体格については、若い頃は力士と見間違えられるほどの大柄な体型で知られていました。たけし軍団の中でも「たけし軍団の弁慶」というニックネームで呼ばれるほど、存在感のある体格だったんですよね。
また、義太夫さんの叔父は元小結の國登國生さん。大きな身体は叔父さんゆずりだったのかも知れません。そして相撲界とも縁があったとは、僕も知りませんでした。
グレート義太夫の学歴を調査

グレート義太夫の母校・京華高校:らくたのスクールより
出身高校はどこ?
義太夫さんは私立京華高校を卒業しています。京華高校は東京都文京区にある中高一貫の男子校で、スポーツや文化活動も盛んな学校として知られています。
コースにもよりますが、京華高校の偏差値は53〜65程度、国公立大や難関私立大への合格実績もある、進学校と言って差し支えない、そんな優秀な高校に義太夫さんは通っていたんですね。
高校時代のエピソードについては詳しい情報は少ないですが、この頃から音楽に興味を持っていたのかもしれません。
大学には進学していた?
義太夫さんは亜細亜大学に進学しましたが、中退しています。大学時代は音楽系サークルでドラマーとして活動していました。当時はハードロックバンド「雷神」を組んでおり、プロミュージシャンを目指して本格的に音楽活動を行っていたそうです。
僕も高校時代に友人とギターデュオをやっていた経験があるので分かりますが、音楽活動に熱中すると学業との両立は本当に難しいんですよね。授業中も楽曲が頭の中でヘビロテしますから(笑)
義太夫さんはプロを目指していたということですから、音楽の道に集中する決断をしたのでしょう。
グレート義太夫の経歴を時系列で振り返る

「風雲!たけし城」のそのまんま東・たけし・谷隼人:お笑いナタリーより
芸能界入りのきっかけは?
義太夫さんの芸能界入りのきっかけは、『ビートたけしのオールナイトニッポン』のリスナーだったことです。番組を聴いてビートたけしさんのファンになった義太夫さんは、弟子志願を決意します。
その際、ドラムが特技であることをアピールしたところ、たけしさんのバックバンド『シークレット・ポリス』に加入することになりました。
ただし、すでにレギュラーのドラマーがいたため、義太夫さんはパーカッション担当としてバンドに参加したそうです。
学生時代にプロを目指して励んだドラムがたけし軍団入りに繋がったなんて、人生なにがどう転ぶか分からないものですね。
たけし軍団加入までの道のり
シークレット・ポリスでの活動を経て、義太夫さんは1983年に正式にたけし軍団に加入しました。井手らっきょさんとともに軍団が10人編成に拡大する際のメンバーだったんですね。
しかし実際には、10人編成になる前から『オレたちひょうきん族』などのバラエティ番組に出演していたそうです。特徴的なキャラクターがすでに視聴者に受け入れられていたということでしょう。
ちなみに、義太夫さんは音楽面でもたけしさんを支えており、名曲『浅草キッド』の制作時にはアドバイザーとして関わっていました。表舞台だけでなく、裏方としても貢献していたんですね。
風雲たけし城での活躍と代表的なシーン
義太夫さんの代表作の一つが、1986年から1989年まで放送された『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』です。この番組では、たけし軍団のメンバーとして数々の名シーンを残しました。
僕も子供の頃、この番組を夢中で見ていました。義太夫さんの大きな体で懸命にゲームに挑戦する姿は、笑いながらも応援したくなる魅力がありましたね。
その後のテレビ出演やお笑い活動
その後も義太夫さんは、
- 『スーパーJOCKEY』
- 『北野ファンクラブ』
- 『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』
など、多くのバラエティ番組に出演。ギター漫談や落語も得意とし、芸の幅を広げていきました。
近年では、人工透析治療を受けながらも精力的に活動を続け、自身の糖尿病体験を綴ったエッセイ『糖尿だよ、おっ母さん!』を出版。病気と向き合う姿勢を講演活動でも伝えていました。
「グレート義太夫」という芸名の由来は?

芸名の由来「ザ・グレート・カブキ」:JIJI.comより
ビートたけしさんが命名?
「グレート義太夫」という印象的な芸名、実はビートたけしさんが命名したものなんです。その由来が面白いんですよ。
名前に込められた意味やエピソード
この芸名の由来は、当時プロレス界で活躍していた「ザ・グレート・カブキ」をもじったものです。義太夫さんの風貌が、太った体型でだらりとした長髪だったことがグレート・カブキと共通していたため、「歌舞伎」を「義太夫」と洒落て命名されたそうです。
言葉遊びとユーモアが効いた、いかにもたけしさんらしいネーミングですよね。この芸名のおかげで、義太夫さんのキャラクターがより一層際立ったのではないでしょうか。
たけし軍団での立ち位置や仲間たちとの関係

たけし軍団40周年記念公演で結集したたけし軍団(2023年):PR TIMESより
義太夫さんは軍団内で「たけし軍団の弁慶」と呼ばれていました。1986年のフライデー襲撃事件では、消火器を持って暴れたことからこの異名がついたそうです。
一方で、義太夫さんは温厚で優しい性格でも知られていました。透析治療を始めてからは、たけし軍団の仲間たちが毎朝9時に「生存確認」のメッセージを送ってくれていたそうです。これは、一人暮らしの義太夫さんを心配しての行動だったとのこと。
仲間を大切にする絆の強さ、これこそがたけし軍団の魅力なんだと思います。僕も長年同じ会社で働いてきた中で、仲間との信頼関係がどれだけ大切か痛感していますから、この話には本当に心が温まりました。
世間の追悼の声やSNSの反応
義太夫さんの訃報を受けて、SNSでは多くの追悼の声が寄せられています。
同じたけし軍団のメンバーだった東国原英夫(そのまんま東)さんは自身のXで「ショックである」とコメント。かつての盟友の突然の死に心を痛めている様子が伝わってきました。
グレート義太夫の名付け親で師匠のビートたけしさんも「みんな歳とったな。いずれみんなも追いかけるから。また会おうな。」と、長年苦楽を共にした弟子に労いの言葉を贈りました。
たけしさんは現在79歳、グレート義太夫さんとはちょうどひと回り上ということになるんですね。まだまだお元気で長生きしてもらいたいものです。
一般のファンからも
- 「風雲たけし城で笑わせてもらった」
- 「透析治療を受けながらも頑張っている姿に勇気をもらった」
- 「いくらなんでも早すぎやろ」
など、義太夫さんへの感謝の言葉、早すぎる逝去への戸惑いなど、数多く投稿されています。
まとめ:グレート義太夫さん 笑いをありがとう
グレート義太夫さんについて、この記事で分かったことをまとめます。
- 本名は鈴木正之、1958年12月26日生まれ、東京都板橋区出身
- 私立京華高校卒業、亜細亜大学中退
- 大学時代はバンド「雷神」でドラマーとして活動
- 『ビートたけしのオールナイトニッポン』がきっかけで弟子入り
- 1983年、シークレット・ポリスを経てたけし軍団に正式加入
- 芸名はザ・グレート・カブキをもじってビートたけしさんが命名
- 「風雲!たけし城」をはじめ数々のバラエティ番組で活躍
- 透析治療を受けながらも芸能活動を続け、講演や執筆活動も行った
- 2026年9月7日、67歳で逝去
グレート義太夫さんの温かい人柄と、どんな状況でも笑いを届けようとする姿勢が、少しでも伝わっていれば嬉しいです。病気と闘いながらも芸能活動を続けた義太夫さんの姿は、多くの人に勇気を与えてくれました。
「風雲!たけし城」で見せてくれたあの笑顔を、僕は忘れません。
グレート義太夫さん、たくさんの笑いと感動をありがとうございました。
心よりご冥福をお祈りいたします。


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