
名越稔洋さんは、『龍が如く』シリーズを生み出した日本を代表するゲームクリエイターです。
2026年11月2日、彼が率いた「名越スタジオ」の解散が官報に掲載され、ニュース写真を見た人から「この人は誰?」という声が一気に増えました。
この記事では、名越稔洋さんのWikiプロフィールと学歴、セガ時代の功績を時系列で整理します。さらに、解散後の「行方不明」説の真相と、今後の活動の可能性まで調べてまとめました。
気になる方は、ぜひ最後まで読んでみてくださいね!
官報で名越スタジオの解散が判明——ニュース写真の“あの人”は何者?

スタジオ解散の報を告げるニュースサイトの名越稔洋:GAME Watchより
2026年11月2日付の官報(号外第240号)に、株式会社名越スタジオの解散公告が掲載されました。解散は2026年10月31日の株主総会の決議によるもので、代表清算人には森永実氏の名前が記されています。
つまり、突然の破産ではなく、株主総会という正式な手続きを経て会社を畳んだ形です。
ニュース写真に写っていたのは、このスタジオの創業者である名越稔洋さん本人。ゲームファンにはおなじみでも、一般の人には「派手なシャツが似合う強面のおじさん」に見えたかもしれません。
意外ですよね。
名越稔洋のWikiプロフィール

ゲームクリエイター名越稔洋:ファミ通.comより
ここからは、名越さんの基本情報をWikiなどをもとに整理していきます。数字と事実を淡々と並べるので、まずは肩慣らしにどうぞ。
1965年生まれ・山口県下関市出身
名越稔洋さんは1965年6月17日生まれ、山口県下関市の出身です。2026年11月時点で61歳。
フグで有名な港町で育ったことになります。海峡を挟んで北九州を望む土地ですから、風景のスケールは大きかったはず。後の“体感ゲーム”づくりにも、どこか通じるものがあるのかもしれませんね。
血液型や家族構成など基本情報
| 名前 | 名越稔洋(なごし としひろ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1965年6月17日 |
| 出身地 | 山口県下関市 |
| 血液型 | AB型 |
| 職業 | ゲームクリエイター(元セガ、元名越スタジオ代表) |
| 学歴 | 東京造形大学 映画学科卒業 |
血液型はAB型と公表されています。家族構成については本人が詳しく語った公式情報が見当たらず、妻や子どもの有無は非公表というのが正確なところです。
一方でXのプロフィールには「人生に必要なのはエンタメと猫」とあり、無類の猫好きとしても知られています。あのイカツイ顔(失礼!)とのギャップがちょっと萌えます(笑)
名越稔洋の学歴は?東京造形大学 映画学科という異色の経歴
名越さんの経歴でいちばん面白いのが、この学歴です。ゲームの専門学校ではなく、美術大学の映画学科を出ているんですよ。
ゲーム畑ではなく「映画」を学んだ学生時代
名越さんは東京造形大学の映画学科を卒業し、1989年にセガへ入社しました。学んだのはゲームプログラミングではなく映像表現。
当時のゲーム業界は、映画や映像の素養を持つ人材を積極的に迎え入れた時代でもありました。
セガには映像畑から転身したクリエイターが少なくありません。名越さんもその一人で、「ゲームを作るためにゲームを学んだわけではない」という点が、後の作品に独特の色を与えています。
異色というより“セガらしい”とも言えますね。
映像制作の経験は作品づくりにどう生きている?
映画学科で培った経験は、演出やカメラワークに色濃く表れています。
『龍が如く』シリーズが「映画のようなドラマ」と評されるのは、シナリオだけでなく、カット割りや光の使い方に映画的な文法が息づいているからでしょう。
僕はITエンジニアとして画面設計に携わった経験がありますが、同じ画面でも「情報を並べる」のと「体験を設計する」のとでは、設計図がまったく変わります。
名越さんは後者を、学生時代から体で覚えていたんでしょうね。
名越稔洋がセガ時代に築いた功績を時系列で

セガ時代の名越稔洋:Oriconニュースより
ここからは、名越さんのキャリアを年表のように追いかけます。セガでの在籍期間は、そのまま日本のアーケードゲーム史と重なります。
1989年入社、CGデザイナーとしての出発点
1989年にセガへ入社した名越さんは、鈴木裕さんが率いるAM2研でCGデザイナーとしてスタートを切りました。
手がけたのは『G-LOC: AIR BATTLE』の背景グラフィックや、『バーチャレーシング』のチーフデザイナーなど。ポリゴン黎明期を現場で支えた一人です。
『デイトナUSA』で初プロデュース
1994年発売の『デイトナUSA』が、名越さんにとって初のプロデュース作品です。プロデューサー、ディレクター、チーフデザイナーを兼任したこのレースゲームは、アーケード界に一大ブームを巻き起こしました。
1998年にはAM11研の部長に就任し、2000年にはアミューズメントヴィジョンの代表取締役へ。現場の職人から、組織を預かる立場に移ったわけです。
『龍が如く』シリーズを生み出すまで
2004年にアミューズメントヴィジョンがセガに再統合されると、名越さんはセガR&Dのクリエイティブオフィサーに。そして2011年8月31日、セガ第一CS研究開発部の中に「龍が如くスタジオ」を設立します。
『龍が如く』は2005年に第1作が発売され、シリーズ累計出荷は1,400万本以上と紹介される大ヒットに。名越さんはセガ取締役CCOとして開発統括も担い、クリエイターと経営者の二足のわらじを履き続けました。
2022年の独立と、その後の躓き

「名越スタジオ」を設立した名越稔洋:ファミ通.comより
順風満帆に見えた名越さんにも、大きな曲がり角が訪れます。ここは今回のニュースの核心なので、少しだけ詳しく触れておきます。
NetEaseの全面出資で「名越スタジオ」設立
名越さんは2021年10月8日、セガを退職し「龍が如くスタジオ」の制作指揮からも退くことを公表しました。
そして2021年11月、NetEase Gamesが100%出資する形で名越スタジオを設立。2022年1月24日に自ら公表しています。
会社は2024年12月期に最終利益6,700万円と増益を記録しており、数字の上では悪くありませんでした。
新作『GANG OF DRAGON』発表と資金提供停止
2025年12月の“The Game Awards 2025”で、スタジオは新作『GANG OF DRAGON』を発表します。俳優マ・ドンソクさんが出演するアクション作品で、ファンの期待は一気に高まりました。
しかし2026年3月、NetEaseからの資金提供が同年5月で打ち切られる予定であることが報じられます。
5月13日時点で公式サイトは閲覧できない状態になり、公式Xも2月17日の投稿を最後に止まりました。そして10月31日の株主総会で解散。発表から1年足らずでの幕引きでした。
名越稔洋の「行方不明」は本当?現在の状況を整理
ネット上では「名越稔洋 行方不明」という言葉も見かけます。結論から言えば、これは消息不明という意味ではなく、公の場から姿を消した状態を指す表現です。
公式サイト閉鎖とSNS停止が意味するもの
名越スタジオの公式サイトは現在閲覧不可、公式Xは2026年2月17日を最後に更新が止まっています。
YouTubeチャンネルもホーム画面が「コンテンツが存在しない」表示に。会社としての発信チャネルが、ほぼすべて閉じた形です。
さらに登記簿では、名越さんを含む取締役が2026年3月31日付でそろって退任し、5月31日付で森永実氏が取締役兼代表取締役に就任していました。解散前の段階で、名越さんは経営から外れていたんです。
本人からの正式発表はまだない
2026年11月2日時点で、名越さん本人による解散や今後についての公式コメントは確認できていません。
ニュース各社も「本人からの発表はない」という前提で報じています。ただ、会社の手続きとしては粛々と進んでおり、代表清算人が選任され官報で公告されました。
感情的な憶測より、事実はそこにあります。
再就職・新スタジオ設立の可能性を考察
では、これからどうなるのか。あくまで推測ですが、可能性は3つ考えられます。
- 1つ目は、国内の大手ゲーム会社や新興スタジオへの参加。VGC編集長は「名越氏自身が他のスタジオに応募・打診しているという噂」を紹介しており、現場復帰の道はゼロではないでしょう。
- 2つ目は、新スタジオの設立。ただし今回は出資者が資金を止めた末の解散なので、すぐ同じ形で再出発というのは現実的ではありません。
- 3つ目は、開発現場から離れてアドバイザーや講演、後進育成に軸を移す形。61歳という年齢を考えても、十分あり得ます。
世間の反応やSNSの声

名越稔洋:4Gamer.netより
解散の報道後、SNSには
- 「残念」
- 「寂しい」
という声が相次ぎました。一方で
- 「『GANG OF DRAGON』はどうなるの?」
- 「マ・ドンソク出演のあの映像は幻だったのか」
という疑問も多く見られます。
また、ニュース写真のインパクトから「この人誰?」という反応も目立ちました。
ゲームを遊ばない層にまで名前が届いたのは、皮肉な形での“知名度アップ”です。作品で知ってほしかったなと思いますが、まあ世の中そんなものです。
まとめ:名越稔洋は“レジェンド”のまま次へ行けるか
名越稔洋さんについて、この記事で分かったことをまとめます。
- 1965年6月17日生まれ、山口県下関市出身、AB型
- 東京造形大学 映画学科卒という映像畑出身のクリエイター
- 1989年セガ入社、CGデザイナーから『デイトナUSA』初プロデュースへ
- 『龍が如く』シリーズを生み出し、セガ取締役CCOまで務めた
- 2021年に名越スタジオを設立、2026年10月31日の株主総会決議で解散
- 本人からの正式発表はなく「行方不明」は消息不明という意味ではない
派手な写真と「解散」という言葉だけが独り歩きしがちですが、実際の名越さんは、映画を学び、CGを描き、大作を企画し、組織を率いてきた人です。その積み重ねは、会社が消えても消えません。
ゲーム業界は代替娯楽との競争で厳しい時代ですが、だからこそ“映画を学んだゲーム屋”の経験が効く場面もあるはず。名越稔洋さんがどんな形で戻ってくるのか、静かに次の章を始めるのか。
新しい情報が入ったら、また追記していきますね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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